Seymour Crayとスパコン
The social limits of speed: development and use of supercomputers" by Elzen & Mackenzie (1994)
http://dx.doi.org/10.1109/85.251854
を読みながらのメモ。以下、論文からの引用とコメント:
As one of Cray's famous maxims has it, he likes to start the design of a new-generation machine with "a clean sheet of paper."
CDC6600の成功後、次の計算機の設計方針についてのCrayの見解。Crayは過去のアーキテクチャとの互換は最重要視していなかった。結果的に、CrayはCDCの方針に反対し、CDCを退社してCRIを設立した。
Cray used to say that he knew all his users by their first names.
Crayは常に利用者(この場合アメリカの国立研究所の核関連の研究者達)のことを第一に考えて計算機を設計したらしい。
This was recognized even by IBM, prompting a famous acerbic memo to his staff from chairman Thomas J. Watson, Jr., inquiring why Cray's team of "34 people -- including the janitor" had outperformed the computing industry's mightiest corporation.
CDC6600が発売されたあとの当時のIBMのトップのメモ。"janitor"は守衛。
In 1980, it was unclear that the 200 kilowatts that were generated in such a small and densely packed computer could be dissipated.
3D基板で実装されたCray-2をどう冷却するのかという問題。結局フッ化炭素(液体)を使って冷却することになった。
In a sense, CRI gradually became the "prisoner of its own success." New innovations were constrained by the very socio-technical network that made CRI so successful.
これがこの論文の核心だろう。元々、CRIは、CrayがCDCの開発方針を受け入れることができず独立して設立した会社で、その目的はCrayの好きなように世界最速の計算機を作ることだった。Cray-1はそのもくろみ通りに、当時の世界最高速を実現した。一方でCRIは売り上げを伸ばすために、伝統的な顧客であった国立研究所以外にも、民間の会社への営業をするようになった。このときに"Hero-problems"という、その業界で重要な問題だが時間がかりすぎる問題を、CRIなら自社の計算機を使って高速化できる、というのを売りとして営業をした。色々と曲折はあったが、この戦略は成功し、民間のいろいろな大企業がCRIの計算機を導入した。その結果、それらの新しい顧客は必ずしも世界最速の計算機を求めているのではなく、ソフトウエア資産が継続的に利用可能かどうかや計算機の信頼性に重きをおいたため、CRIは、新しい世代の計算機のたびにアーキテクチャを一新するという、創業者のCray的なやりかたをとることが不可能になった。つまり、CRIは顧客の要望に基づいてハードとソフトを開発するようになったために、顧客はCRIのシステムに依存し、CRIはその呪縛から逃れることが不可能になった。これが90年代前半の状況。
"socio-technical network"とは、Crayとそのスパコンの利用者たちの関係性という意味での人間関係のつながりの意味と、上に書いたようなCRIの計算機とその顧客たちのとの強い関係性、さらにその影響下にある計算機のアーキテクチャやそのためのソフトウエア(OSやコンパイラ、ライブラリ、アプリまで)などの技術的な関係性、以上を総称した概念。技術的に世界最高速を目指すという、古き良きCrayら開拓者たちによるラディカルな計算機開発の時代は、技術的ではない制約を受けるようになり、1980年代の終わり頃には終焉しつつあった。それらの制約を避けて、新たな計算機を開発するには、CrayやSteve Chen(Cray Y-MPのアーキテクト)のように、CRIを退職して再び自分の会社を立ち上げるしかない。しかし、それが成功するかは別問題で、実際その二人の新しい計算機は失敗している。
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